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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)184号 判決

東京都渋谷区幡ケ谷2丁目43番2号

原告

オリンパス光学工業株式会社

同代表者代表取締役

下山敏郎

同訴訟代理人弁理士

古川和夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

同指定代理人

山田益男

小要昌久

奥村寿一

田辺秀三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和63年審判第20138号事件について平成4年7月16日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「撮像装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、昭和55年5月9日、特許出願(特願昭55-61347号、以下「本願」という。)をしたところ、拒絶査定がなされたので、これに対する審判請求をした。

特許庁は、上記請求を昭和63年審判第20138号事件として審理し、平成4年7月16日、「本件審判の請求は、成り立たない」との審決をした。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項の記載)

体腔内に挿入された被写体を観察するファイバースコープと、光源からの照明光を被写体に伝える照明光伝送手段と、前記ファイバースコープの接眼部に接続され前記被写体の光学像を映像信号に変換する撮像手段と、所定の電圧に対して前記映像信号中の映像信号成分に対応する直流成分を再生する直流再生手段と、この再生された直流成分に対応した光源駆動信号を前記光源に帰還させる帰還手段とを備え、

前記光源、照明光伝送手段、撮像手段および帰還手段が、前記再生された直流成分に基づいて前記映像信号の信号レベルを一定に収めるように作動する自動制御ループを形成することを特徴とする撮像装置(別紙図面1参照)。

3  審決の理由

別紙昭和63年審判第20138号審決書写し理由欄記載のとおりである。(引用例1、2記載の各発明については、それぞれ別紙図面2、3参照。)

4  審決を取り消すべき事由

(1)  審決の理由中、本願発明の要旨が特許請求の範囲第1項の記載のとおりであること、審決摘示の引用例1及び2の記載事項、本願発明と引用例1記載の発明との相違点A及びC、当審の判断のうち、引用例2には、「映像信号」の信号レベルを一定に収めるように作動する自動制御装置であって、撮像手段に入射される光量を制御する手段として光源を制御するものが示されており、例示されているオートストロボによる発光量の制御は、明るさを調整するものではなく閃光時間を調整するものである点で本願発明の方法と厳密には相違するが、一般に光学系では明るいところでの入射光量の調整を絞り機構で暗いところでの調整を照明手段で行なうことは周知慣用の技術であることは認め、その余は争う。

(2)  一致点の誤認及び相違点の看過(取消事由1)

審決が、引用例1記載の発明と一致するとした本願発明の構成要件のうち、本願発明は、「撮像手段」、「映像信号」、「所定の電圧に対して映像信号中の映像信号成分に対応する直流成分」の点で、引用例1記載の発明と相違する。しかるに、審決は、本願発明の「撮像手段」、「映像信号」、「所定の電圧に対して映像信号中の映像信号成分に対応する直流成分」(以下、括弧を付けたものは、本願明細書の特許請求の範囲第1項記載のものをいう。)の意義を誤認した結果、かかる相違点を看過した。

〈1〉 「撮像手段」について

本願発明における「撮像手段」は、「映像信号」に変換する手段まで含むものであるから、引用例1記載の発明のビデオカメラ全体(引用例1の第1図、別紙図面2)に相当するものである。しかるに、審決は、後記〈2〉のとおり、本願発明における「映像信号」を引用例1記載の発明におけるビデオ増幅回路3からの出力そのものに相当すると解し、本願発明の「撮像手段」をかかる出力そのものを出す撮像手段と解して、引用例1記載の発明の「ビジコン1、コンデンサ2、ビデオ増幅回路3」だけが、本願発明における「撮像手段」に相当すると誤って判断した。

〈2〉 「映像信号」について

本願発明における「映像信号」は、撮像管からの映像出力そのもの(以下「狭義の映像信号」という。)ではなく、狭義の映像信号に水平、垂直の同期信号、帰線消去信号等(以下「同期信号等」という。)を付加したもの(以下「合成映像信号」という。)を指すものであり、ビデオ装置からの出力信号を意味するから、引用例1記載の発明の第1図(別紙図面2)のビデオ出力回路7の右方に示された「ビデオ出力信号」に相当するものである。しかるに、審決は、ビデオ増幅回路3からの出力そのものが本願発明の「映像信号」に相当すると誤って判断した。

本願の明細書の発明の詳細な説明の項の実施例の説明において、「撮像手段」及び「映像信号」は、一貫して前記〈1〉及び本項〈2〉で主張した意味に使用されており、用語は明細書全体を通じて統一して使用すべきであるとされている(特許法施行規則)から、特許請求の範囲第1項に記載された「撮像手段」及び「映像信号」の意味も同じであると解すべきである。

それだけでなく、本願の明細書の特許請求の範囲第1項において「前記映像信号中の映像信号成分に対応する直流成分」と規定しているのは、「前記映像信号」が同期信号等が付加された合成映像信号を意味するからこそ、その信号中の映像信号成分に特定するために規定しているのである。

〈3〉 「所定の電圧に対して映像信号中の映像信号成分に対応する直流成分」について

本願の明細書では、合成映像信号E12が比較回路34で基準電位Vrefと比較され、その差分に対応する第1信号E14が出力され、その第1信号E14に基づいて、第2信号E16が一定の電圧に対する直流成分の変化として再生される旨が説明されている(8頁12行ないし9頁13行)から、本願発明における「直流成分」とは、ビデオ装置からの出力信号である合成映像信号中の映像信号成分について、所定の電圧に対する直流成分として再生した信号を指すものであることが明らかである。

これに対して、引用例1記載の発明の直流クランプ回路4はビデオ増幅回路3の出力に一定電位のペデスタルレベルを設定するためのもので、同期信号等を付加するものではなく(上記出力は同期信号等を付与する同期混合回路6を経てビデオ出力となる。)、直流クランプ回路4から整流平滑回路9に導かれるビデオAGC回路8の制御信号は、直流クランプ回路4からの信号の平均値を使用したもので、ビデオ出力信号を使用したものではないから、本願発明の「直流成分」とは相違する。

さらに、本願発明の「所定の電圧に対して」との構成要件は、直流成分を所定の電圧と比較することをその構成としているところ、この点については引用例1には記載されていないから、引用例1記載の発明には「所定の電圧に対して」との構成はない。

したがって、本願発明における「所定の電圧に対して前記映像信号中の映像信号成分に対応する直流成分を再生する直流再生手段」が引用例1記載の発明における「直流クランプ回路4」、「整流平滑回路9」に相当すると判断した審決は誤りである。

(3)  相違点Bについての認定の誤り及び相違点の看過(取消事由2) 本願発明は、「所定の電圧に対して映像信号中の映像信号成分に対応する直流成分」を帰還するものであって、ビデオ装置からの出力信号である合成映像信号中の映像信号成分を、所定の電圧に対する直流成分として再生した信号を帰還(制御)信号とするもので、直流クランプ回路4からの信号の平均値をビジコンに帰還させる引用例1記載の発明とは、帰還信号が異なるものである。

審決は、帰還先が異なる点を捉えて相違点Bを認定したが、帰還信号が異なる点は看過した。

(4)  相違点Aについての判断の誤り(取消事由3)

本願発明は、内視鏡ビデオ装置に関するものであって、光源を有する内視鏡とビデオ装置との組合せに関するものであり、両者の組合せにあたっての技術的問題点は、ビデオ装置自体のそれとは異なるものである。すなわち、

引用例1記載の発明は、制御信号をビデオ装置内に設けた光学的な絞り機構に帰還するものであって、ビデオ装置内において制御回路を構成するものであり、ビデオ装置とは独立した別の装置に制御信号を帰還することを示唆するものではない。そして、内視鏡の観察光量制御の従来技術は、接眼部に測光素子を配設し、測光素子が検出した明るさに応じて、光源を制御するようにした自動光量調節機構を用いている。そうすると、AGC回路を備えた引用例1記載のビデオ装置と従来の自動光量調節機構を有する内視鏡を組み合せた場合には、内視鏡ビデオ装置全体として二つの明るさ制御系を備えることになり、内視鏡の接眼部に測光素子を配設するのは欠かせないから、本願発明のように被写体の光学像を合成映像信号に変換したビデオ出力信号に基づいて光源を制御する構成にはならない。

したがって、被写体の光学像を出力信号に変換したものに対応する制御信号をビデオカメラ内の光学的絞り機構に帰還させる引用例1記載のビデオカメラと、接眼部に測光素子を配設した従来の内視鏡とを組み合せても、本願発明の「体腔内に挿入され被写体を観察するファイバースコープと、光源からの照明光を被写体に伝える照明光伝送手段と、前記ファイバースコープの接眼部に接続され前記被写体の光学像を映像信号に変換する撮像手段を備えた」構成にならず、本願発明の上記構成にすることに格別の技術的意義があるものであるから、相違点Aの点に格別の差異はないとした審決の判断は誤りである。

(5)  相違点Bについての判断の誤り(取消事由4)

引用例2記載の発明は、ストロボの閃光により照明した被写体像をテレビカメラで撮像する場合に、被写体像を常に適正な明るさで観察できるようにすることを目的とし、審決認定のとおり、次のストロボランプ2の発光を、一画面ごとのビデオ信号PVの積分値PIに応じてその発光量を制御するようにしたものであり、「映像信号中の映像信号成分」について、所定の電圧に対する直流成分として再生した信号を光源の制御信号とするものではない。また、引用例2に記載された発明は、テレビカメラ専用のストロボの発光量を制御するものであり、テレビカメラとは別の独立した装置である内視鏡の光源をテレビカメラからの信号で制御することを示唆するものではない。

したがって、引用例1記載の発明の絞り制御に代えて引用例2に記載されているテレビカメラ用の光源を制御する技術的思想を採用したとしても、本願発明の内視鏡ビデオ装置の構成にならない。したがって、審決のこの点についての判断も誤りである。

(6)  相違点Cについての判断の誤り(取消事由5)

審決は、相違点A及びBについて、前記のとおり判断を誤っており、また、従来それぞれ独立した装置である光源を有する内視鏡とビデオ装置とを組み合せる場合に、どのような自動制御ループを形成するかは、相違点A及びBとは別個の相違点として判断すべきである。

したがって、相違点Cが相違点A及びBと別個の相違点ではないとした審決の判断は誤りである。

(7)  本願発明の作用効果についての判断の誤り(取消事由6)

内視鏡ビデオ装置では、被検体に適したファイバースコープを使用する必要があり、このためファイバースコープのみを交換したり、他のビデオ装置を使用する必要も生ずる。したがって、ファイバースコープとビデオ装置との組合せを変更して使用することになる。

この場合に、ファイバースコープもビデオ装置も、その特性が一台ごとに異なるので、個々に明るさ制御系を備えた構成としたならば、ビデオ装置の撮像管に与えられる被写体の明るさを、「映像信号」を処理する回路が飽和しない範囲で大きくし、「映像信号」のS/N比を良くするのは困難となる。

本願発明では、独立した個々の装置であるファイバースコープとビデオ装置とを組み合せて一つの自動制御ループを形成し、ビデオ装置からの出力信号である「映像信号中の映像信号成分」について所定の電圧に対する直流成分として再生した信号を制御信号として使用するようにしたものであるから、撮像装置に入射される光学像の明るさを常に十分な大きさに保つことを可能にし、S/N比の良好な「映像信号」を得ることができ、光量調整を個々に行なう必要がなく、ファイバースコープとビデオ装置との組合せを変更した場合にも、所定の電圧(基準の明るさ)に容易に制御することが可能となる。

このような作用効果は、本願発明特有のものであって、引用例1及び2記載の発明から予測されるものではない。

したがって、審決は、この点でも判断を誤った。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認め、同4の主張は争う。審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

〈1〉 「撮像手段」について

「撮像手段」について、本願の明細書の特許請求の範囲第1項には「ファイバースコープの接眼部に接続され前記被写体の光学像を映像信号に変換する撮像手段」と記載されているだけで、合成映像信号を出力するものには特定していない。すなわち、本願発明の構成要件である「撮像手段」は、被写体の光学像を単に狭義の映像信号に変換するものであればよく、引用例1記載の発明の「ビジコン1、コンデンサ2、ビデオ増幅回路3」もそれに含まれる。したがって、引用例1記載の発明の「ビジコン1、コンデンサ2、ビデオ増幅回路3」が本願発明における「撮像手段」に相当するとした審決の判断は正当である。

原告は、実施例の記載を根拠に、特許請求の範囲第1項記載の「映像信号」を同期信号等を付加した合成映像信号と限定し、「撮像手段」はかかる合成映像信号を出力する撮像手段であるとしたうえで、引用例1記載の発明のビデオカメラ全体(引用例1の第1図、別紙図面2)に相当すると主張するが、後記のとおり、特許請求の範囲第1項に記載された「映像信号」の字句の技術的意味は明瞭であるから、実施例の記載をもって構成を限定して解釈することは不当である。

〈2〉 「映像信号」について

テレビジョン技術の分野で映像信号といえば、狭義には水平パルス信号から次の水平パルス信号の期間内に存在する映像そのものに対応する信号(狭義の映像信号)を指し、映像を同期させディスプレイ上に位置決めするための同期信号とは区別される(乙第3号証)が、広義には狭義の映像信号に同期信号等が付加された合成映像信号を指す場合もある(乙第3号証)。しかし、本願の明細書の特許請求の範囲第1項に記載された「映像信号」の字句が狭義の映像信号に同期信号等が付加された合成映像信号を意味するとされるためには、かかる字句の意味が明細書中において、明確に定義されているか、動作原理上同期信号等を含まない狭義の映像信号では発明が成立しないような場合に限られる。本願発明において、明細書には、実施例として同期信号等を付加されたものが「映像信号」として示されているが、定義はされていないし、本願の明細書の特許請求の範囲第1項に記載された「映像信号」は明るさのバロメータとして用いられ、光源に帰還されるものであるから、動作原理上も同期信号等を含む信号に限定して解釈すべき必然性はない。なぜならば、明るさのバロメータとなるのは狭義の映像信号であって、同期信号等は明るさとは無関係のものであるからである。

したがって、本願発明の「映像信号」について、字句自体の意味は明瞭であって、特許請求の範囲第1項には同期信号等を付与した信号であると特定する記載がなく、技術的にみても、限定して解釈する必然性はないから、狭義の意味に解釈した審決の判断は正当である。

〈3〉 「所定の電圧に対して映像信号中の映像信号成分に対応する直流成分」について

本願発明における「映像信号」についての解釈を除き、本願発明における「直流成分」とは、「映像信号」中の映像信号成分について、所定の電圧に対する直流成分として再生した信号を指すものであるとの原告の主張は認める。

本願発明の「直流成分」は被写体の光学像が適正なレベル(明るさ)で「映像信号」に変換されたかどうかを検知するバロメータとなるものである。被写体の光学像が暗すぎて「映像信号」レベルが低すぎれば受光量を多くし、高すぎれば少なくするよう制御する。

引用例1記載の発明では、直流クランプ回路4で狭義の映像信号の直流分を位置決めしそれを整流平滑回路9で整流平滑した狭義の映像信号のレベルを被写体の明るさの程度を示すバロメータとしているものであって、この点で本願発明と差異はない。信号レベルを検知する際に、どこか基準となるレベルが必要となることは自明なことである。引用例1記載の発明においても基準のない単なるペデスタルレベルあるいは黒レベル等を基準として信号レベルをとらえ、その平均値を出して、明るさの認識をしていることは当業者に自明の事柄である。

(2)  取消事由2について

本願発明の帰還信号は、「所定の電圧に対して前記映像信号中の映像信号成分に対応する直流成分」であって、前記(1)のとおり、被写体の光学像の明るさに対応する信号に他ならず、引用例1記載の発明と差異はない。

また、帰還先について、本願発明は「直流成分に対応した光源駆動信号を前記光源に帰還させる帰還手段」なる構成をとっているのに対し、引用例1記載の発明が光学的な絞り機構に帰還する点で相違することは相違点Bとして正当に認定している。

(3)  取消事由3について

本願発明の「体腔内に挿入された被写体を観察するファイバースコープと、光源からの照明光を被写体に伝える照明光伝送手段と、前記ファイバースコープの接眼部に接続され前記被写体の光学像を映像信号に変換する撮像手段」なる構成は、周知である(乙第1、第2号証)。

内視鏡の場合、被写体は体腔内部であるため撮影には当然に照明が必要となり、それは体外の光源からファイバースコープを介して行なうことになる。また、暗部をビデオ撮影するのに適当な明るさの照明を用いることも、撮影技術として例示するまでもなく周知慣用の事柄であることを勘案すれば、内視鏡の撮影に際して、ファイバースコープを介して体外の光源によって被写体に適当な明るさの照明を加えることは当然のことである。

(4)  取消事由4について

引用例2記載の発明には、引用例1記載の発明のような絞り機構に替えて、光源を制御することで光学系に適正な光量を入射させる技術的思想が開示されているところ、被写体の光学像の明るさに対応する「映像信号」のレベルを検知し、その信号に基づき光学系に適正な光量を入射させるために、絞り機構を制御する引用例1記載の発明に、引用例2記載の発明の上記の技術的思想を転用して、絞り機構に替えて光源を制御する構成を採用することは当業者の容易になし得ることである。

(5)  取消事由5について

光源を有する内視鏡とビデオ装置を組み合せた内視鏡ビデオ装置自体、本願発明の出願前周知のものである(乙第1、第2号証)から、撮影手段と照明手段を含む内視鏡ビデオ装置を一つのまとまったシステムとして把握し、自動制御ループを構成した点に格別の新規性はない。

(6)  取消事由6について

原告が主張する本願発明の作用効果は、本願の明細書のどこにも記載のない事柄である。

なお、かかる作用効果は、カメラにおいて、交換レンズやフィルタの交換の際、これらの部材の異なる光学的特性が重畳して影響する受光量をモニタして照明系に帰還して制御するものが周知であるが、かかるものの奏する作用効果と同様であり、格別のものではない。

第4  証拠関係

証拠関係は本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

1(1)  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項の記載)及び3(審決の理由)は、当事者間に争いがない。

(2)  審決の理由中、審決摘示の引用例1及び2の記載内容、本願発明と引用例1記載の発明との相違点A及びC、当審の判断のうち、引用例2には、「映像信号」(「映像信号」の意義については、当事者間に争いがある。)の信号レベルを一定に収めるように作動する自動制御装置であって、撮像手段に入射される光量を制御する手段として光源を制御するものが示されており、例示されているオートストロボによる発光量の制御は、明るさを調整するものではなく閃光時間を調整するものである点で本願発明の方法と厳密には相違するが、一般に光学系では明るいところでの入射光量の調整を絞り機構で、暗いところでの調整を照明手段で行なうことは周知慣用の技術であることは、当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

成立に争いのない甲第3号証(平成4年4月27日付け手続補正書)及び同第6号証(昭和55年5月9日付け特許願書並びに添付の明細書及び図面)(以下、一括して「本願明細書」という。)によれば、本願発明は、ファイバースコープとともに併用され、撮影しようとする被写体の明るさのいかんを問わず、常に所定レベルの「映像信号」を得るための機能(以下「アイリスサーボ機能」という。)を有するテレビカメラ装置に関するものであること、従来のテレビカメラのアイリスサーボ装置においては、テレビカメラから得られる「映像信号」の平均レベルもしくはピークレベルが検出され、この検出結果に基づいてテレビカメラの絞り機構が撮影しようとする被写体の明るさのいかんを問わず、常に所定レベルの「映像信号」を得るように制御され、これによりカメラ内の撮像管のターゲット面に入射する被写体の明るさが一定に制御される機構(以下「機械的サーボ機構」という。)が一般的に用いられていること、一方、従来より、前記「映像信号」のレベルを電気的に一定に制御する手段として、AGC(Automatic Gain Control)回路も用いられており、このAGC回路と機械的サーボ機構とを併用する方法も知られていること、併用した場合、機械的サーボ機構とAGC回路とは、その動作が独立していること、撮像管に対する入射照度が大きいほど「映像信号」処理回路の入力レベルが大きくなるので、「映像信号」のS/N(信号対雑音比)比が良くなるため、撮像管に与えられる被写体の明るさは、「映像信号」を処理する回路が飽和しない範囲で、大きい方がよいところ、AGC回路と機械的サーボ機構とを併用した撮像装置では、前記「映像信号」処理回路の飽和を防止した上で、広い照度範囲にわたり高いS/N比を得るためには、的確に二つの機構の切換えタイミングをつかまねばならず、オペレータに煩わしい切換え操作を強いることになること、本願発明は、これらの事情に鑑み、広範囲な被写体の明るさの変化に対し、高いS/N比を保ちつつ的確に対応できる撮像装置を提供することを目的として、特許請求の範囲第1項記載の構成を採択したものであること、本願発明に係るアイリスサーボ機能を備えたテレビカメラでは、手動による二系統の機構の切り換え操作が不要となり、オペレータは被写体の撮影に専念でき、しかも、被写体の明るさに応じて光源の輝度を広範囲に変化させることができるため、撮像手段には常に十分な明るさの光学像が与えられ、S/N比の良い「映像信号」を得ることができることが認あられる。

3  審決の取消事由について検討する。

(1)  取消事由1(一致点の誤認及び相違点の看過)について

〈1〉  「撮像手段」について

本願明細書の特許請求の範囲第1項には、「撮像手段」について、「前記ファイバースコープの接眼部に接続され前記被写体の光学像を映像信号に変換する撮像手段」と記載され、「撮像手段」において、被写体の光学像を「映像信号」に変換する旨の記載のみで、同期信号等を付加する旨の記載はない。そして、次項〈2〉で検討するとおり、本願明細書の特許請求の範囲第1項記載の「映像信号」が狭義の映像信号を含み、合成映像信号に限定されるものではないものと解されるところ、前記審決摘示の引用例1記載の記載内容に、成立に争いのない甲第4号証を加えると、引用例1記載の発明は、ビデオカメラに関する考案であって、同考案において、撮像管としてのビジコン1、コンデンサ2、ビデオ増幅回路3を経て直流クランプ回路4に入力される出力信号が被写体の光学像を変換した狭義の映像信号であると認められるから、引用例1記載の発明の「ビジコン1、コンデンサ2、ビデオ増幅回路3」が本願発明における「(被写体の光学像を「映像信号」に変換する)撮像手段」に相当すると認められる。

もっとも、原告は、本願明細書の特許請求の範囲第1項記載の「映像信号」が狭義の映像信号に同期信号等を付加した合成映像信号に限定されるとの解釈を前提として、本願発明における「撮像手段」は、合成映像信号に変換する手段まで含むものであるから、引用例1記載の発明のビデオカメラ全体(引用例1の第1図、別紙図面2参照)に相当するものであると主張するが、次項〈2〉で検討するとおり、本願明細書の特許請求の範囲第1項記載の「映像信号」が狭義の映像信号を含み、合成映像信号に限定されるものではないものと解されるから、合成映像信号に限定されることを前提とする原告の主張は、失当である。

〈2〉  「映像信号」について

a. 成立に争いのない乙第3号証(テレビジョン工学ハンドブック株式会社オーム社 昭和34年4月10日発行)によれば、テレビジョン技術分野では、映像信号は、走査によって生ずる電気的変化であって、映像そのものに対応する電気信号すなわち狭義の映像信号を指し、同期信号等とは区別されるものと認められる。

しかしながら、テレビジョン技術分野での映像信号の字句は、同期信号等が付加された合成映像信号を意味する場合があることは、被告も認めるところである(前掲乙第3号証参照)。

一方、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、本願発明の一実施例の説明として、「撮像管30から導出される映像出力E10は、映像信号処理回路32に入力される。回路32は映像出力E10に対して所定の信号処理をなし、通常のテレビジョン方式に適合した映像信号E12を出力する。」

(前掲甲第3号証7頁19行ないし8頁3行、成立に争いのない甲第6号証の第1図、別紙図面1参照)との記載があり、本願発明の一実施例においては、撮像管30から導出される映像そのものに対応する電気信号(狭義の映像信号)を映像出力E10と記載し、これに同期信号等を付加された合成映像信号を映像信号E12と記載していることが明らかである。

さらに、本願明細書の特許請求の範囲第1項の「映像信号中の映像信号成分」との記載によれば、「映像信号」中に映像信号成分以外の成分が含まれていることを前提としていると解されないものでもない。

b. しかしながら、本願明細書の特許請求の範囲第1項の記載において、本願発明の「映像信号」を合成映像信号に限定する旨の明らかな記載を見出すことはできないし、前記のとおり、テレビジョン技術分野では、映像信号といえば、狭義の映像信号をいうのが通例であることに加え、本願明細書の発明の詳細な説明の項の記載によると、本願発明の「映像信号」には、狭義の映像信号に同期信号等を付加したものが含まれることは理解し得るものの、「映像信号」の定義はなされていないし、同期信号等の付加が本願発明の構成上必要であることについて言及した記載は認められない。

また、前掲乙第3号証によれば、同期信号等が狭義の映像信号に付加されるのは、画面の絵素の輝度に従って、画面を分析する電子ビームが走査が終わって始めにもどるまでの帰線を消去し(帰線消去信号の付加)、受像を正しく再生するため(同期信号の付加)である(同号証19頁第1・33図(b)とその説明、2・4「同期と同期信号の伝送」、1243頁「用語の定義」2条1項、4項参照)が、前記2のとおり、本願発明は、常に所定レベルの「映像信号」を得るため、「映像信号」から明るさを検出し、これを光源に帰還して制御するための構成であるから、かかる目的に関しては、同期信号等の付加は動作上全く無意味であり、必要でないと認められる。

以上を総合すれば、本願明細書の特許請求の範囲第1項の記載の技術的意義が一義的に明確に把握することができないとか、あるいは一見して誤記であることが発明の詳細な説明の項の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情が認あられない本件においては、本願明細書の発明の詳細な説明の項の記載を参照して、本願発明の要旨として「映像信号」を狭義の映像信号に同期信号等を付加した合成映像信号に限定して認定することが許される場合に当たらないものというべきである。

もっとも、前記のとおり、本願明細書の特許請求の範囲第1項には、「前記映像信号中の映像信号成分」なる記載があるが、上記「映像信号」を狭義の映像信号と解した場合であっても、映像信号が映像信号成分からのみとなっていることを表現したものにすぎないから、表現上矛盾をきたすものではない。

したがって、審決の上記一致点についての判断に誤りはない。

〈3〉  「所定の電圧に対して前記映像信号中の映像信号成分に対応する直流成分」について

前記審決摘示の引用例1の記載内容によれば、引用例1記載の発明において、所定値以上の照度に対しては、照度に関係なく一定の出力信号が得られるようにビジコンのターゲット電圧又は光学的絞り機構を制御するAGC回路が設けられ、ビデオ増幅回路3を経て直流クランプ回路4に入力されて、ペデスタルレベルが一定電位にクランプされた出力信号がAGC回路8を構成する整流平滑回路9に導かれ、その整流平滑出力がビジコンのターゲット電圧制御回路10に印加されていると認められるところ、制御信号としての出力信号は基準のない単なる相対値では所定値以上の照度を判断することができないので、信号レベルを検知する際に、どこか基準となるレベルが必要なことは当業者にとって自明のことであり、引用例1記載の発明においても、所定値を基準として出力信号のレベルをとらえ、その平均値を出して明るさの認識をして、AGC回路においてビジコンのターゲット電圧又は光学的絞り機構を制御していることは、当業者にとって自明のことであると認められる。

しかして、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「第1信号E14はクランプ回路36に入力され、クランプパルスCLの発生タイミングでもって信号E14のバックポーチ近傍がクランプされる。」(前掲甲第3号証8頁20行ないし9頁2行)、「一定の電圧に対する直流成分の変化として再生された第2信号E16は、ローパスフィルタ(LPF)38に入力される。LPF38は、第2信号E16の映像情報を含んでいる直流成分のリップル成分を除去するためのものである。第1図の構成では、第3信号E18は第2信号E16の平均値に対応している」(同号証9頁12行ないし18行)、「結局この自動動作は、映像信号E12-Vref、つまりは、映像信号E12の映像信号分の電圧の平均値と基準電位Vrefとの差の絶対値が極小となるような制御が行われる。」(同号証11頁7行ないし10行)との記載があることが認められる。

以上によれば、引用例1記載の発明において、所定値を基準として(「所定の電圧に対して」)、ビデオ増幅回路3からの出力信号(狭義の映像信号、すなわち「映像信号中の映像信号成分」)は、クランプ回路4でペデスタルレベルが一定電位にクランプされ、信号のレベルを整流平滑回路9でとらえられ、平均値を出して明るさの認識をされる(「対応する直流成分の変化として再生され」)ものと認められる。

したがって、本願発明の「所定の電圧に対して前記映像信号中の映像信号成分に対応する直流成分を再生する直流再生手段」は引用例1記載の発明の「直流クランプ回路4、整流平滑回路9」に相当すると認められる。

もっとも、原告は、引用例1記載の発明のビデオAGC回路8の制御信号は、直流クランプ回路4からの信号の平均値を使用したもので、ビデオ出力信号を使用したものではないから、本願発明の「直流成分」とは相違する旨主張するが、これは、本願発明の「映像信号」が合成映像信号に限定されるとの解釈に基づいで、本願発明の「映像信号」が引用例1記載の発明のビデオ出力信号に相当することを根拠とするものであるところ、前記〈2〉のとおり、本願発明の「映像信号」は狭義の映像信号を含み、引用例1記載の発明の直流クランプ回路4に入力される信号も本願発明の「映像信号」に相当するものであるから、その前提において、誤りである。

したがって、審決の上記一致点についての判断に誤りはない。

(2)  取消事由2(相違点Bについての認定の誤り及び相違点の看過)について

前記(1)〈2〉のとおり、本願発明の「映像信号」が合成映像信号、すなわち「ビデオ装置からの出力信号である合成映像信号」に限定されず、狭義の映像信号も含み、引用例1記載の発明における直流クランプ回路4に入力されて、ペデスタルレベルが一定電位にクランプされ、整流平滑回路9に導かれ、それから出力された信号が本願発明の帰還信号である「所定の電圧に対して前記映像信号中の映像信号成分に対応する直流成分」に相当すると認められるから、両発明において、帰還信号に相違はない。

もっとも、原告は、本願発明においては、ビデオ装置からの出力信号である合成映像信号中の映像信号成分を、所定の電圧に対する直流成分として再生した信号を帰還(制御)信号とするもので、直流クランプ回路4からの信号の平均値をビジコンに帰還させる引用例1記載の発明とは帰還信号が異なる旨主張するが、本願発明の「映像信号」が合成映像信号に限定されないことは前記のとおりであるから、これが限定されることを前提とする原告の主張は、失当である。

したがって、この点に関する審決の判断に誤りはない。

(3)  取消事由3(相違点Aについての判断の誤り)について

成立に争いのない乙第1号証(医用テレビジョン株式会社コロナ社 昭和49年2月25日発行)、同第2号証(医用光学機械 株式会社永井書店 昭和46年4月1日発行)によれば、照明用ライトガイド部と体腔内の像をカメラに導くイメージガイド部を備えたファイバースコープを用いた内視鏡とテレビジョンとを組み合せた装置は周知であって、本願発明の構成である「体腔内に挿入された被写体を観察するファイバースコープと、光源からの照明光を被写体に伝える照明光伝送手段と、前記ファイバースコープの接眼部に接続され前記被写体の光学像を映像信号に変換する撮像手段」を組み合せた装置が本願出願前周知であると認められる(なお、周知の内視鏡とテレビジョンとを組み合せた装置において、被写体の光学像を映像信号に変換する構成は、本願発明の構成要件と同じく狭義の映像信号及び合成映像信号のいずれも含まれるものと認められる。)。したがって、引用例1記載のビデオカメラを周知慣用の技術である照明用ライトガイド部と体腔内の像をカメラに導くイメージガイド部を備えたファイバースコープを用いた内視鏡と組み合せることは当業者が容易になし得るものと認められるから、審決の相違点Aについての判断は正当である。

なお、原告は、AGC回路を備えた引用例1記載のビデオ装置と従来の自動光量調節機構を有する内視鏡を組み合せた場合には、内視鏡ビデオ装置全体として二つの明るさ制御系を備えることになり、本願発明の構成にはならないと主張するが、前記(1)〈1〉及び〈2〉の認定並びに本願発明の要旨及び前記審決摘示の引用例1の記載内容によれば、本願発明と引用例1記載の発明とは、被写体の光学像を狭義の映像信号(「映像信号」)に変換する撮像手段と、所定の電圧に対して狭義の映像信号(「前記映像信号中の映像信号成分」)に対応する直流成分を再生する直流再生手段と、この再生された直流成分に対応した信号を撮像管への入射光量調整手段に帰還させる帰還手段とを備え、前記撮像手段及び帰還手段が、前記再生された直流成分に基づいて狭義の映像信号(「前記映像信号」)の信号レベルを一定に収めるように作動する自動制御ループを形成することを特徴とする撮像装置の点で一致すると認められるから、引用例1記載の発明の「再生された直流成分に対応した信号を撮像管への入射光量調整手段に帰還させる」ビデオ装置と内視鏡とを組み合せ、再生された直流成分を「光学的な絞り機構に帰還させる」構成を「内視鏡の被写体を照射する光源に帰還させる」構成(相違点Bの構成)に変更(かかる変更が容易である点については後記(4)で判示する。)して、内視鏡とビデオ装置とのそれぞれの明るさ制御系を独立させないで、内視鏡ビデオ装置として一つの自動制御系を形成する構成に想到することは、当業者が必要に応じて容易に採用し得た程度のものである。したがって、原告の上記主張は理由がない。

よって、審決のこの点に関する判断に誤りはない。

(4)  取消事由4(相違点Bについての判断の誤り)について

前記審決摘示の引用例2の記載内容によれば、引用例2記載の発明は、次のストロボランプの発光を、一画面ごとのビデオ信号PVの積分値PIに応じてその発光量を制御するようにしたものであることが認められる。そして、引用例2記載のオートストロボによる発光量の制御は、明るさを調整するものではなく、閃光時間を調整するものである点で本願発明の方法とは厳密には相違するが、一般に光学系では明るいところでの入射光量の調整を絞り機構で、暗いところでの調整を照明手段で行なうことは周知慣用の技術であることは当事者間に争いがない。内視鏡の場合、被写体は体腔内部にあるため、その撮影には当然照明が必要となり、前記(3)のとおり、照明用ライトガイド部と体腔内の像をカメラに導くイメージガイド部を備えたファイバースコープを用いた内視鏡が周知慣用の技術である。そうすると、引用例1記載の「(再生された直流成分に対応した信号を)(明るいところでの入射光量の調整を行なう光学的な)絞り機構に帰還させる構成」に替えて、引用例2記載の発明の暗いところでの調整を照明手段で行なうため被写体を照射するストロボすなわち被写体を照射する光源の発光量を制御する構成を転用し、本願発明の「(再生された直流成分に対応した信号を)被写体を照射する光源に帰還させる構成」にすることは、当業者が必要に応じて容易に採用し得た程度のものであると認められる。

したがって、審決のこの点に関する判断に誤りはない。

(5)  取消事由5(相違点Cについての判断の誤り)について

相違点Aについて、引用例1記載の発明のビデオ装置と内視鏡と一体に組み合せ、相違点Bについて、引用例2記載の発明のストロボランプの発光を制御する構成を転用すれば、それに伴い、その自動制御ループは当然に変更されるものであるから、相違点Cは、相違点A及びBが存することの当然の帰結である。したがって、相違点Cは、相違点A及びBとは、別個の相違点とは認められないから、審決のこの点に関する判断に誤りはない。

(6)  取消事由6(本願発明の作用効果の認定の誤り)について

原告主張の本願発明の効果は、内視鏡とビデオ装置とを一体に組み合せ、一括して制御を行なえば当然に生じるものであるから、引用例1及び2記載の発明から予測可能なものであって、格別なものとは認められない。

したがって、審決のこの点に関する判断に誤りはない。

4  よって、本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

昭和63年審判第20138号

審決

東京都渋谷区幡ヶ谷2丁目43番2号

請求人 オリンパス光学工業株式会社

昭和55年特許願第61347号「撮像装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和56年12月7日出願公開、特開昭56-158636)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

(手続の経緯・本願発明の要旨)

本願は、昭和55年5月9日の出願であって、その発明の要旨は、昭和61年10月2日付け手続補正書、昭和63年1月14日付け手続補正書及び平成4年4月27日付け手続補正書にて補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの

「体腔内に挿入され被写体を観察するファイバスコープと、光源からの照明光を被写体に伝える照明光伝送手段と、前記ファイバスコープの接眼部に接続され前記被写体の光学像を映像信号に変換する撮像手段と、所定の電圧に対して前記映像信号中の映像信号成分に対応する直流成分を再生する直流再生手段と、この再生された直流成分に対応した光源駆動信号を前記光源に帰還させる帰還手段とを備え、

前記光源、照明光伝送手段、撮像手段および帰還手段が、前記再生された直流成分に基づいて前記映像信号の信号レベルを一定に収めるように作動する自動制御ループを形成することを特徴とする撮像装置。」

にあるものと認める。

(引用例)

これに対して、当審の拒絶理由で引用した実願昭53-137387号(実開昭55-53362号公報)の願書に添付した明細書・図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和55年4月10日特許庁発行、以下引用例1という。)には、ビデオカメラのビデオ出力の利得を制御する技術に関し

「所定値以上の照度に対しては、照度に関係なく一定の出力信号が得られるようにビジコンのターゲット電圧又は光学的絞り機構を制御するAGC回路が設けられて…」(明細書第2頁第3行~第6行)なる記載があることから、引用例1においてはビジコンのターゲット電圧を制御するAGC回路と“光学的絞り機構を制御するAGC回路”が均等手段として認識されている。

また「第1図は上記ビデオAGC回路を備えるビデオカメラの要部概略構成を示しており、(1)はビジコンでありその出力はコンデンサ(2)によってビデオ増幅回路(3)に導かれ、この回路(3)の出力が直流クランプ回路(4)に入力されると共に負帰還回路(5)を介して上記ビデオ増幅回路(3)に帰還される。

前記直流クランプ回路(4)によりペデスタルレベルが一定電位にクランプされたビデオ信号は後段の同期混合回路(6)によって水平、垂直各同期信号と混合されたのち、ビデオ出力回路(7)に導かれるが、上記クランプ回路(4)の出力はまたビデオAGC回路(8)を構成する整流平滑回路(9)にも導かれ、その整流平滑出力がターゲット電圧制御回路(10)に印加されるようになっている。」(明細書第2頁第10行~第3頁第4行)との記載があることから、

引用例1には、被写体の光学像を映像信号に変換するビジコン(1)、コンデンサ(2)、ビデオ増幅回路(3)と、この回路(3)の出力が直流クランプ回路(4)に入力され、該直流クランプ回路(4)によりペデスタルレベルが一定電位にクランプされたビデオ信号をビデオAGC回路(8)を構成すろ整流平滑回路(9)に導いて映像信号の平均レベルに対応する直流信号を得る手段と、この直流成分に対応した絞り制御信号を光学的絞り機構に帰還させる帰還手段とを備え、前記絞り機構、撮像手段および帰還手段が、前記直流成分に基づいて前記映像信号の信号レベルを一定に収めるように作動する自動制御ループを形成する撮像装置が開示されているものと認められる。

また同じく当審において引用した特開昭52-94021号公報(昭和52年8月8日出願公開。以下これを引用例2という。)には

「瞬間画像の画像観察方法及び装置」に関する発明であって、

この発明の目的に関し、「ストロボ等の閃光により照明した被写体像を常に適正な明るさで観察することができるように、閃光手段を含む観察系の光量調整を自動化しうるシステムを提供することを第1の目的としている。

本発明の第2の目的は、撮像管の残像現象を利用することにより、面走査を繰返してそのビデオ信号を面走査ごとに積分し、その積分値を基準として、撮像系、メモリ系および必要に応じてストロボ等の閃光系を制御することができる瞬間画像の画像観察方法及び装置を提供することにある。」(公報第2頁上段左欄第5行~同欄第15行)と記載し、

ストロボ等の閃光系の制御に関して、「次のストロボランプ2の発光は、一画面ごとのビデオ信号PVの積分値(PI)に応じてその発光量を制御することが好ましい。このためには、カメラの分野で知られているオートストロボの技術的思想を応用した電気的な発光量制御回路8によりストロボ電源7を制御してもよい…」(公報第3頁上段右欄第5行~同欄第10行)なる記載があることから、

引用例2には、ビデオ信号を面走査ごとに積分し、その積分値を基準として、カメラの分野で知られているオートストロボの技術思想を応用した電気的な発光量制御回路8によりストロボ電源7を制御することで、ストロボ等の閃光により照明した被写体像を常に適正な明るさで観察することが可能な、観察系の光量調節を自動化したシステムが開示されているものと認められる。

(対比)

本願発明と引用例1に記載されたものとを比較するに、引用例1のものの「ビジコン(1)、コンデンサ(2)、ビデオ増幅回路(3)」は 本願発明における「撮像手段」に相当し、本願発明の「所定の電圧に対して前記映像信号中の映像信号成分に対応する直流成分を再生する直流再生手段」はクランプ回路により映像信号のバックポーチ近傍がクランプされ、それがローパスフィルタを経て直流成分のリップル成分を除去し、平均値に対応する信号を得る旨の明細書第8~9頁の記載からみて、引用例1の「直流クランプ回路(4)、整流平滑回路(9)」に相当するので、

本願発明と引用例1のものとは、

「被写体の光学像を映像信号に変換する撮像手段と、所定の電圧に対して前記映像信号中の映像信号成分に対応する直流成分を再生する直流再生手段と、この再生された直流成分に対応した信号を撮像管への入射光量調整手段に帰還させる帰還手段とを備え、

前記撮像手段および帰還手段が、前記再生された直流成分に基づいて前記映像信号の信号レベルを一定に収めるように作動する自動制御ループを形成することを特徴とする撮像装置。」の点で一致し、次の点で相違するものと認められる。

[相違点A]

本願発明は、体腔内に挿入され被写体を観察するファイバスコープと、光源からの照明光を被写体に伝える照明光伝送手段と、前記ファイバスコープの接眼部に接続され前記被写体の光学像を映像信号に変換する撮像手段を備えたものであるのに対し、引用例1のものは一般のビデオカメラである点。

[相違点B]

本願発明は、映像信号成分に対応する直流成分を被写体を照射する光源に帰還させるものであるのに対し、引用例1のものは撮像手段に入射される光量を制御するために、当該信号を光学的な絞り機溝に帰還するものである点。

[相違点C]

本願発明は、光源、照明光伝送手段、撮影手段および帰還手段が自動制御ループを形成しているのに対し、引用例1のものは、絞り機構、撮影手段および帰還手段が自動制御ループを形成している点。

(当審の判断)

まず相違点Aについてであるが、本願発明のこの構成はいわゆる内視鏡ビデオ装置として周知のものである、そして本願発明に一般のビデオ装置を離れた内視鏡特有の技術的特徴はないので、この点に格別の差異はない。

次に相違点Bであるが、引用例2には、映像信号の信号レベルを一定に収めるように作動する自動制御機構であって、撮像手段に入射される光量を制御する手段として光源を制御するものが示されている。例示されているオートストロボによる発光量の制御は、明るさを調整するものではなく閃光時間を調整するものである点で本願発明の方法と厳密には相違するが、一般に光学系では明るいところでの入射光量の調整を絞り機構で、暗いところでの調整を照明手段で行うことは周知慣用の技術であるから、引用例1の絞り機構に替えて引用例2に示されるような光源を制御する技術思想を採用し、相違点Bの構成を考えることは当業者が容易になし得る事柄である。

次に相違点Cであるが、この構成は上記の相違点A、Bに示す構成を採用したことに伴う自動制御ループの変更であって、相違点A Bと別個の相違点ではない。

そして、上記の相違に基づく本願発明の作用効果は引用例1、2に記載されたものから予測される範囲であって、格別なものとは認められない。

(むすび)

従って、本願発明は、引用例1 2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成4年7月16日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

別紙図面3

〈省略〉

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